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ブックレビュー『精神科セカンドオピニオン』

2008年07月28日

先日、新宿溝口クリニックの溝口先生の勧めで表題の本を読みました。
…相当、衝撃的な本でした。


初読の印象は、「え~~?!本当かなあ~」という大いなる疑問と抵抗感が7割、「そうかあ、そういわれてみればそうかも」という保留条件つきの発見&納得感が3割。
それが、本書中に掲げられている事例28例を繰り返しながら読み進むうちに次第に納得感が6割、「やはり異議あり」が4割、といった風に逆転していきました。
読後数日の現在、まだ4割は、同意できかねているわけですが、今後国内外の諸論文で発表されている結果なども改めて自分で調べて読み、また実際に自分の患者さんたちでの効果を確認できたら、もっとこの著者たちの考えを受け入れられるのかもしれません。


この本は、精神科セカンドオピニオンというサイトで、精神科の患者さんおよびその家族へのセカンドオピニオンを無料で提供するある精神科医の成果(情報)をまとめたものです。

本書では、日本の精神科臨床において、その診断と治療法(特に薬物の使い方)にいかに問題が多いか、それをどうするべきかを詳細に述べてあります。


巻頭に「誤診パターン」および「診断・治療セオリー」のリストが挙げてあり、とてもわかりやすい。
しかし精神科医の一人としてこれを読んだ場合、いくつかの疑問が湧きます。

例えば、
「幻覚のうち、幻視は解離性障害や薬剤性(アルコール性を含む)精神症状には見られるが、統合失調症にはみられない」
→確かに統合失調症では幻視は少ない、あるいは稀といわれますが、全くのゼロと断言できるのか?


「被害妄想のない統合失調症など絶対にない」
→10代発症に比較的多い「破瓜型統合失調症」をどう考えるのか?
破瓜型は、明確な妄想内容や幻聴内容がはっきりせぬまま思考の解体をきたし、言動は無目的でまとまらないとされます。
薬物療法も含め、一般に予後が悪い病型です。
この著者の考え方では、破瓜型統合失調症など存在しないという考え方なのでしょうか。
つまり「破瓜型などは誤診で、発達障害や(社会不安障害、強迫性障害、解離性障害などの)神経症圏である」という立場なのか。


「抗パーキンソン薬を漫然と使用すると、遅発性ジスキネジア、ジストニア、アカシジアなどの原因(太字は浜野による)となる」
→遅発性ジスキネジアには抗パ薬は無効、というのは事実ですが、原因視というのはいかがなものか?


ただ、今回知識の洗い直しというか、復習にはなったので、読んで良かったと思います。
「抗パーキンソン薬による薬剤性精神障害」はそういえば、大学を卒業したてに教科書で学んだけれど、臨床で実感することはありませんでした。
それは現疾患である統合失調症の精神症状そのものと酷似しており、あえて見分ける根拠もないように思われたからです。
これは私の指導医たちを含め、相当診断・治療能力の高い先生方の臨床を見聞していてもそう感じました。


「抗精神病薬による知覚変容発作」についても同様。
しかし今後こうした視点でも診療していくことで、特に治療効果が出にくい一部の患者さんたちについて、突破口が開くきっかけになるかもしれません。


また私は既に十年以上前から、いわゆる抗パーキンソン薬(アキネトン、アーテン、ピレチアなど)はほとんど使用せず、ある程度以上の量の抗精神病薬を出す際にはクロナゼパム(リボトリール、ランドセン)を併用するようにしていましたが、他の病院で抗パ薬入りの処方を何年も続けてから当院を受診される方も多く、その場合統合失調症と診断されていればほとんどの場合抗パ薬を併用処方されています。
長年の治療に関わらず難治な事例については、まずは抗パ薬をランドセンをはじめとする別の処方に置き換えていくのも、最初の手がかりとしては良いかもしれません。


ただこの場合も、家族が減薬を急ぐあまり自己判断で抗パ薬を早く抜きすぎ、ジスキネジアやジストニア、アカシジアを再発させてしまう場合も少なくありません。
それなのにこの点については本書は、抗パ薬の欠点を声高に述べる一方で「急に減量・中止したらジスキネジア・ジストニアが出得る」ことを書いていません、これは問題だと思います。
(ジスキネジア、アカシジアが急な減薬・断薬で出ることは、本書では抗精神病薬についてしか書いておらず、抗パ薬の断薬では消化器症状、頭痛・発汗・めまい、イライラ、抑うつなどしか言及しておらず、読者に誤解を生むと思います。)


またこの著者は抗うつ薬はSSRI、抗精神病薬もリスパダール・ジプレキサ・セロクエルなどの新薬を非常に推奨しており、特に抗精神病薬に関しては「新薬を、抗パ薬が不要な最大量まで投薬して治療すべし」と繰り返し述べていますが、これに対して私は経験上、以下の疑問を感じます。


・新薬では鎮静作用が不十分で初期治療(幻覚妄想、興奮などを急速に鎮める。特に入院を要する例では初期にしっかり大量を使うことが、病気を長引かせないために肝要)ができないことも多いのではないか。


・リスパダールは症例によっては多幸的あるいはイライラの高まる躁状態になってしまい逆効果となる例があり、こうした例には古典的な抗精神病薬であるクロールプロマジン(ウインタミン、コントミン)やハロペリドール(セレネースなど)によって初めて効果が出る。


それなのに、こうした古典薬を十把ひとからげに否定するのは同意しかねます。


また抗うつ薬については、古典的な三環系抗うつ薬は副作用が強いので、特に外来ではまずSSRIをはじめとする新薬を使おうとも近年いわれていますが、やはり実際の効果でみると、三環系の方が有効性が確実です。
つい最近私自身も何例か、SSRIや、三環系よりは新しいトラゾドン(レスリン、デジレル)を最大用量まで使っても無効だった患者さんが、三環系に替えたとたんに良くなった、というのを経験しました。
つまり、少なくとも定型的なうつ病には、やはり三環系をも考えるべきだと思います。


またSSRIはこの1-2年、特に10代~20代のへの投与が禁忌ないし慎重投与すること、という指導になってきています。
理由は、自殺企図をはじめとする衝動性のコントロールが困難になるから。
特に本書では大部分の事例が「統合失調症と誤診されたが、実は強迫性障害(または社会不安障害、発達障害)だった」というものであり、初発時が10-20代。
SSRI投与による副作用で治療できなくなった例や自傷行為がひどくなった例などなかったのでしょうか?


また付け加えるならば、SSRIなど新薬は、薬価が高いです。
枝葉末節だといわれるかもしれませんが、本書がこれほど「患者側に立つ」ことを強調して作られたものである以上、この点だってひとこと言及すべきではないでしょうか?
抗精神病薬、抗うつ薬とも、新薬の効果だけでなく、古典的薬に比較しての弱点や、古典薬の方が有効な場合についても言及しないと、公正ででないと思います。


なお、本書での診断名は(特に若年世代の)統合失調症を大幅に減らした分、社会不安障害・強迫性障害・軽度発達障害が非常に増えています。
確かに事例集の中には、「主治医の診断能力なさすぎ」とあきれる例もいくつかあり、それは近年、特に若い精神科医たちが安易に抗精神病新薬をチャンポン使いしている例をみていて感じた印象とも一致するのですが、アレもコレも神経症圏(または発達障害)としてしまって良いのか…と、今のところまだ半信半疑です。


とはいえ、私の外来でも何割かの患者さんは、どう工夫しても「良くならない」方もおられます。
そうした事例について、本書では「どの薬からどういう順番でどう使う」という具体的な指針が載っているので、非常に参考になります。
これを参照して一つずつ改善への取り組みを進めて行きたいと思います。


また上記サイトを主宰する笠先生に、いずれ機会があればいろいろ伺いたいものですが、その前にしっかりと勉強し直さないといけない点も多そう。
例えば分子整合医学による栄養療法の父、ホッファー先生は「知覚の変容こそが統合失調症を見分ける根拠であり、その具体的内容などは副次的なもの」という立場で、診断に非常に役立つ「HODテスト」を開発されたわけですが、その辺との折り合いをどうつけるべきか…等、自分の中で整理・検討途中です。


蛇足ですが、本書の28の事例のうち、明らかに「これって、重度の栄養障害がベースにあり、それを是正しない限り病状は良くならないだろうなあ」というケースがいくつかありました(実際事例の書かれた時点でも、セカンドオピニオンの実行によって薬剤性の副作用は取れたものの、今後も家庭生活・社会生活の非常な困難を予想される内容です)。
例えば事例12「ただ治りたいだけだった」、事例23「発達障害とわかり解決した長年の疑問」など。


また本書のように患者さんやそのご家族の体験記という形の場合にはある程度仕方ないことなのでしょうが、現病歴の記述で「治療前にはどのような症状があり、(誤)治療によってどの症状が出た(あるいは増悪した)のか」が曖昧なため、論旨に同意できかねるものがいくつかありました。
この本はほとんど患者さんとその家族向けの情報提供・啓発書でしょうが、たとえわずかでも(心ある)精神科医たちにも読んで開眼して欲しいとの意図があるなら、その辺りの記述をもっとしっかり固めた方が良いと思います。
多くの代替療法が、たとえ有効であっても医学界から認めらない理由の一つは、はっきり事実経過がわかる論述(時間経過、因果関係の組み立てを含む、事実・データ記録)が不十分だからです。

書いた人 浜野ゆり : 2008年07月28日 12:20