自然の色と心の色
2005年07月02日
当直室のカーテンを開くと、白い光が飛び込んできた。
「あっ、雪…」思いがけない明るさに、私は目を細めた。
昨夜寝るまではただの曇天だったが、夜中のうちに降り始めたらしい。うっすらと積もったその上に、なおも細かい雪が、静かに降り注いでいる。
当直明けの朝は、睡眠不足でぼうっとする一方、職務を果たしたという達成感で軽い爽快感も伴う。今朝は土曜日。これから今日、明日と休みだと思うと、一層うきうきした気持ちになる。
当直交代に伴い同僚に申し送りをすると、もう自由の身である。粉雪の舞う中、いそいそと家路に向かう。積もってくる雪も、その冷たさや歩きにくさよりもフレッシュな白さが目につき、休日気分を引き立ててくれる。
その日は友人と、当日封切りの映画を観に行く予定だったため、簡単に身支度して渋谷に出た。
映画はなかなか面白かった。難しいことを考える必要はなく、私達は屈託なく笑い、映画館を出て食事をし、夕方には別れた。
昼までには止むかと思われていた雪は、なおも降り続いていた。帰りのバスはなかなかこないかも知れない…と危惧していたが、バス乗り場に行くと、タイミングよく乗ることができた。バスの発車音を聞きながら、運が良かった、と胸をなでおろした。
しかし幸運はそこまでであった。駅前ロータリーを出たはよかったものの、その後バスはほとんど進まない。そういえば雪で首都高が通行止めになっていたっけ。その影響で一般道がとんでもなく渋滞してしまったのだ。予想されたことなのに、考えが回らなかった自分に内心舌打ちした。
それでもそのうち動き出すかもしれないと、淡い期待を持ってみた。が、30分経ち、50分経ってもほとんど進まない。乗客の何人かは携帯電話を取り出し、相手に遅れる旨を話している。そのうち待ちきれなくなった人たちが1人、また1人と途中下車していく。全く動かないので、運転手も嫌がることなく下ろしてくれる。
とうとう1時間たち、それでも始発からバス停1つ分しか進んでいないことを確認したとき、私も降車する決心をした。このままではいつ家に帰りつけるかわからない。
外は雪とそれが溶け出した水と、泥が入り混じったシャーベット状のものが堆積し、半ぬかるみ状態となっていた。雪はなお降り続ける。おまけに横殴りの風が吹きつけ、傘を支えるのに苦労した。出来るだけ積雪を避けて歩いていたが、
「あっ!…」足が滑って、水溜りの中に突っ込んでしまった。水が布地を通して靴の中に染み込んでくる。氷水だ。足にしびれるような痛みが広がった。
早く帰らねば。こんなことをしていたらしもやけになってしまう。焦るが、道のりはなかなか進まない。すっかり日も落ち、夕闇の中を歩いていると、朝の浮き立った気分はどこへやら、寒くて惨めになってきた。冷たい雪は灰色で、それは私の心の色そのままだった。
1時間あまり経って、ようやく帰宅できた。普段 通りなれた道が、3倍くらい遠く感じられた。やはり自然は脅威だ。悪天候の日は素直に家にこもっているべきだなと、しみじみ感じた一日であった。
書いた人 浜野ゆり : 2005年07月02日 18:58
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